カテゴリ:日々の雑感( 17 )

謹賀新年2016、京都に来て五年目の今

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あけましておめでとうございます。
今日からRoutes*Rootsは新年初売りとしてオープン。
私も店に立って接客。
初仕事です。

craftscience京都オフィス、そして祇園のセレクトショップandギャラリーRoutes*Rootsを立ち上げて5年目の今、ショップと設計事務所の両方の仕事に追われ忙しい日々です。そうしていられるのも、住宅やリノベーションのクライアントや、ショップのお客様のおかげであり、また京都で出会った多くの方々との関係があってのことと感謝しております。
着ること、住むことの楽しみ、衣と住の文化を、実感できる喜びのあるものに育んでいけるように、古いもの、時を重ねたものが持つ合理や美の力から学び、またRoutesRootsの活動を通じて出会った多彩な個性や才能ある方々に刺激を受けながら、今年も取り組んでまいります。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

写真は京都オフィス近くの建仁寺の境内にある石畳の道。
私はいつもこの道を歩くたびに心が洗われ、襟を正すようなきもちになります。

左は昨年2015年のお正月に降った大雪の時の写真。
右は同じ場所の初夏の朝です。

今年の京都の冬は、本当に暖かい。
底冷えがして冷えるなぁと感じる日が、まだ数日しかありません。昨年の秋の紅葉が遅れ、11月の紅葉シーズンに京都を訪れた方は、葉枯れして、カサカサになったモミジの葉を見てがっかりされたかたが大変多かったと思います。
自然の営みが本来の姿でなくなっている。
危機感を感じます。
今取り組んでいる、住宅の設計、空家や古家の再生、リノベーションをつうじて、私にできることをさらに展開していきたいと思います。
by craftscience | 2016-01-03 18:21 | 日々の雑感

批評=自己ルールの交換と調整

昨日、地下鉄に乗って移動中、何気なく目に留まった車内広告がこれ。
日能研の「シカクいアタマをマルくする」というやつ。
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日能研の広告は、けっこう考えさせられる問題がのっていて、よく楽しませてもらってる。
今回は長文を読んで、意見を述べよという問題で、「なになに、どんな文章やろ?」と読んでみた。
これがなかなか印象に残った文章だったのでブログに書きます。

その文章には「相手と自分との違い」をどう考えるか、というテーマが流れていました。
また「批評とななにか」という問題意識で書かれた文章だと思いました。
内容はこんな感じ。
ひとはそれぞれ「自己ルール」というものをもっている。
「自己ルール」とは、人がいつのまにか身につけている「良いー悪い」のルール、「美醜」の判断基準のこと。
人はだいたい高校生くらいまでに、自己意識の成長にともなって、その人なりの「良い悪い」判断や「美醜」の感じ方を知らず知らずのうちに身に着けていく。
「批評しあう」とは、その自分なりの感じ方を相手につたえ、相手もそれにこたえることで、「自己ルール」を交換しあうことだ。それによって自分と相手との違いに気づき、時には自分の自己ルールを調整して、ものごとの感じ方を変えていく。自分の感じ方はこうだったのかと、自分の傾向性や問題性に気づくことができる。
そんな内容でした。

批評とは、対象を、持ち上げたり貶すことではなく、
ましてや自分の感じ方を自慢したり誇示したりすることでもなく
もっといえば、「こんな風に感じないアンタはおかしい!」と強制することでもない。
「オレはこう思うんやけど、オマエさんはどう思う?」ということであって
「アンタとワタシは違ってあたりまえ、違うから面白いねん。」
ということが大事なのだと思いました。

私たちはもっと「批評」しあったほうがいい。
by craftscience | 2012-02-14 06:04 | 日々の雑感

原発の心配

福島の原発は一向に収束の目途が立っていない。

事態を冷静に見つめながら、

備えるべきは何かを考え、

備えをはじめようと思います。
by craftscience | 2011-03-16 11:01 | 日々の雑感

心が音楽を求めている

震災後4日目を迎えました。
昨日は気持ちを前向きにして、仕事に取り組めましたが。
今朝のニュースで見る避難所の人々の呆然とした表情をみるに心が痛みます。

テレビが24時間震災関連情報を流し続けていますが、
時々でいいので、数時間の間に五分でもいいので音楽を流してほしいと思います。

そんな甘いことを言っている場合じゃないだろうと言われそうですが、
心のケアが必要な段階に来ているように思います。
こういう時こそ美しいものに触れることでフッと気持ちが楽になることがあると思うし、
それも文化の力だと思うのですが、今、まったくそういうところが吹っ飛んでしまっているのではないでしょうか。
by craftscience | 2011-03-15 07:56 | 日々の雑感

大震災から3日目にして思うこと

2011年3月11日午後2時50分の震災発生から今日の午後で72時間を経ようとしています。
現地で被災されたかたには、心よりお悔やみ申し上げます。
行方の分からなくなっている方、そのご家族の方々の気持ちを思うと
本当に心が痛みます。
懸命の救出作業をされている方、本当にご苦労様です。
一人でも多くの命が救われることを願っております。

私たち家族はみな無事でした。
食料もあり、温かい部屋や布団もあり、家族そろって眠れる家があることがこんなにもありがたいことかと実感しています。
幸いにも保たれているこの命、住まい、環境、営みを大切にしながら、
この危機に向き合って、乗り越えていかなければならないと思います。

時代の大きな転換点に、私たちは立っているのは間違いないと思います。
過去の歴史をみても、時代の変わり目には大きな痛みを伴ってきたのは事実ですが、
大量生産大量消費の生活様式、産業社会のあり方、それを支えてきた思想や価値観を
望ましいあり方へとシフトしていく場面に私たちは立ち会っているのです。
それがどんなものなのかは、既にある程度見えていると思うのですが、
それを実現できるかどうかは、私たち一人ひとりの行動や思考にかかっていると思います。

とはいえ、日々の営みを断ち切ってはいけないと思います。
子供たちは学校に行き、家では家事をきちんとこなし、目前の仕事はひとつひとつ丁寧に遂行する。
計画停電のなか、それが今までどおりにできないことが多々発生するでしょう。混乱も発生するでしょう。でも、そのときに不平不満を思うのではなく、落ち着いて事態を見ていくことが必要だと思います。そして、心のどこかに、これもまた悪くないと思うことが必要だと思います。

今朝のニュースをみると、通勤の混乱が報道されています。
各地の原発の状況も心配です。
事態を冷静に見守りながら、未来への希望を胸に抱きつつ、日々の一つ一つを大切に、手を動かし、心をはたらかせていきたいと思います。
by craftscience | 2011-03-14 07:33 | 日々の雑感

2011年 新年のご挨拶

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昨年、お世話になった皆様
たいへんありがとうございました。

今年は、公私ともに新たな展開へと
一歩を踏み出す年になりそうな予兆もあり、
よい形で着実な一歩が踏み出せるよう
一日一日を大切にしたいと思います。


昨年末に、家族で八ヶ岳のふもとに建てた家に行ってきました。
小雪が舞う中の訪問でしたが、薪ストーブの火も暖かく
心地よい暮らしがはじまっているご様子で
嬉しく思いました。

写真はその時、建て主のZさんにとっていただきました。
上の娘は今年小学校にあがり、下の娘も三歳になりました。

本年も、よろしくお願いします。
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by craftscience | 2011-01-01 12:02 | 日々の雑感

謹賀新年

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新年あけましておめでとうございます。

昨年は、二人目の赤ちゃんと、上の4歳の娘の子育てと
進行中の家づくりの仕事、
立石のまちづくりへのコミット
それと、11月に出版になった本の原稿書きなどに追われて
あっという間に月日が流れました。

子育ては思い通りにならないことばかりで苦労しますが、
子供の成長を日々、見つめていられることや
子供を抱きかかえたときの幸せな感覚は
本当にかけがえのないものだと思います。

今年もよろしくお願いします。

写真は2/1に住宅見学会をする「再生の家・阿佐ヶ谷」です。
by craftscience | 2009-01-01 09:16 | 日々の雑感

ジェットコースターの時代を生き抜く その2

ジェットコースターの時代を生き抜く その2

ジェットコースターの時代を生き抜く術。まずは、あんまり深刻にならないことだ。それには、人間の意識をあんまり過信しすぎないこと。そして、いまこの世に自分が生まれ、心臓が動いて、血が巡って、生きているという事実。それを信用してよいのだということ。いまの自分のまわりの家族や友人や仕事の関係者のなかにいること、そこで起きている出来事を信用していいのだということ。

「宇宙船地球号操縦マニュアル」で知られるバックミンスター・フラー(1895-1983)は32歳のころ事業に失敗、貧困の中、劣悪な住環境のなか幼子を亡くしてしまう。失意のどん底に突き落とされたフラーは自殺をはかる。しかし、フラーはそこで深い啓示を受けたかのように踏みとどまる。フラーの生涯をかけた取り組みが、そこから始まる。フラーはそのとき深く認識したという。われわれは宇宙によってデザインされている。宇宙はこの上なく精妙にデザインされている。真に意味のあることに取り組んでいれば、宇宙が食べさせてくれるさ・・・と。

私が建築学科の学生のとき、バックミンスター・フラーの研究を卒業論文のテーマにした。科学とデザインの関係に興味があったからだ。そのとき梶川泰司さん。研究室のフラーゼミを専攻する仲間たちと、当時、神奈川県の国府にあったシナジェティックス研究所へ行き、フラーについて様々なことを教えていただいた。梶川さんはフラーの生前、直接フラー研究所でフラーの晩年の幾何学研究の助手としての仕事を経て、日本を拠点にフラーの本の翻訳とシナジェティックスの発展的研究に従事されていた。

そこで、私たちはフラーの著書「コスモグラフィー」の下訳のお手伝いをさせていただいた。担当箇所を決めて、それぞれが訳文を持ち寄って、読みあわせをし、理解を深める。そんな作業を何回か重ねた。

フラーの巨大な思想に、梶川さんのところに出入りしたおかげで、ほんの少し触れることができた。その全貌を理解するには到底及ばなかったが、私なりに感じていたことは、フラーの思想のなかにある「個人の尊厳」のようなものだ。それは、私たちは誰もが意味のある存在として宇宙の相補性の網目のなかで生きている。その相補性は私たちの意識を超えたものなので、私たちは完全には理解できないし、意識化できない。だから私たちは失敗もする。でも相補性のなかではその失敗にも意味がある。次の展開のきっかけになったり、思わぬところで誰かの役に立っていたりする。本当の意味での失敗はありえないのだ。その意識を超えたところでの存在価値を信じていてよいのだ、ということ。

これだけ書くと、なんだか神秘主義のように聞こえてしまうかもしれない。確かにフラーの思想には神秘主義的なところもなくはない。アメリカのトランセンデンタリズム(超絶主義)の大家だった叔母さんの影響もフラーは受けているとみる説もある。

そこには、仏教的な考え方の「縁」であるとか「他力」ということと共通性があるのだと思う。神秘主義だから悪いと決め付けることもないだろう。

しかし、フラーはロジカルシンキング、クリティカルシンキングの元祖のようなところがあるし、フラーは科学的な思考を徹頭徹尾つらぬいた人でもある。だからこそフラーは単純に神秘家とも、客観的で冷徹な科学者とも違った、全体性をもった思想として、いまも学ぶに値するのだと思う。
by craftscience | 2008-12-14 06:22 | 日々の雑感

ジェットコースターの時代を生き抜く その1

きのう、うちの近所ではガソリンの値段が112円まで下がっていました。
8月ころにはどんどん値上がりして一時は180円を超え、
どこまで上がっていくのかと不安に感じた記憶も新しいのに
いまや、どこまで下がっていくのか不安に感じてしまう。
そんな急転直下な状況が起きようとは、あのころは思っても見なかった…
という人も多いのではないでしょうか。

経済のグローバル化が進行した時代の世界的な金融危機がもたらした
最近の景気の悪化は、かなり深刻なものがあるのは確かでしょう。

設計事務所を営むものとしても切実なものを感じています。

家づくりをこれからはじめようと考えていたひとも
二の足を踏んでいるのが現状ではないでしょうか。

でも、こういう状況が来ることは予見していました。
建築家の内藤廣さんが、ちょうど二年前に
ジェットコースターの時代がはじまるということをいっていました。

雑誌「住宅建築2007年1月号」に書いていた「土地と場所」という文章です。
その一部を引用してみます。
「われわれは現在、ジェットコースターの最初の頂上に居るようなものだ。これから先は、急降下、宙返り、絶叫するような時代がわれわれを待っている。今の内に心づもりをしておかねばならないだろう。峠の頂上で見えてくる次なる別天地はどのようなものか、その眺めをしっかり見ておかねばならない。」

あれから二年後。
いま、まさにジェットコースターの時代がはじまったととらえてよいと思います。

しかし、あわてず、焦らず、それではどうしたらよいのか。
一つは広い視野をもって、時代の変化を大きくとらえていくことが大切だと思います。

そのために私がこれまで折に触れ学んできた三人の偉大な人物、
バックミンスター・フラー、ウィリアム・モリス、クリストファー・アレグザンダー。
彼らの思想や実践をこのコラムを借りて紹介し
その影響のもとで私のクラフトサイエンスでの仕事も紹介しながら、
このジェットコースターの時代をいかに生き抜くかということを
シリーズで考えて行きたいと思います。
by craftscience | 2008-12-14 06:19 | 日々の雑感

鶴岡真弓の「生命デザイン」としての装飾

「月刊ウェンディ」というフリーペーパーが毎月ポスティングされてくる。
これの巻頭に、いつも女性の著名人のインタビュー記事が出ているのだが、
けっこう読み応えがあって、とりあげられている人選もよく、
毎回読んでいる。

今月はケルト文化研究者で「ケルト/装飾的思考」などの著書がある
多摩美術大学教授の鶴岡真弓さんでした。

昨年「黄金と生命」という本を出版したとのこと。

インタビューの中で鶴岡さんがいっていることがとても響いてきました。
「黄金だけではなく、人間の生活を彩るすべての装飾やデザインは
永遠の生命のみなぎりを願い、それを活性化させるために創造されたのですね。
つまり、言葉も芸術も生命の依り代、祈りなんだと思います。
それがないデザインや表現は、すぐに廃れてしまうのです。」
「・・・なかでも装飾的デザインは、生き物の生と死の節目節目に表現される、
「生命デザイン」なんですね。」

「生命の依り代、祈りとしてのデザイン」
この言葉は、肝に銘じておかなければ・・・という思いがしました。
by craftscience | 2008-10-20 07:53 | 日々の雑感