批評=自己ルールの交換と調整

昨日、地下鉄に乗って移動中、何気なく目に留まった車内広告がこれ。
日能研の「シカクいアタマをマルくする」というやつ。
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日能研の広告は、けっこう考えさせられる問題がのっていて、よく楽しませてもらってる。
今回は長文を読んで、意見を述べよという問題で、「なになに、どんな文章やろ?」と読んでみた。
これがなかなか印象に残った文章だったのでブログに書きます。

その文章には「相手と自分との違い」をどう考えるか、というテーマが流れていました。
また「批評とななにか」という問題意識で書かれた文章だと思いました。
内容はこんな感じ。
ひとはそれぞれ「自己ルール」というものをもっている。
「自己ルール」とは、人がいつのまにか身につけている「良いー悪い」のルール、「美醜」の判断基準のこと。
人はだいたい高校生くらいまでに、自己意識の成長にともなって、その人なりの「良い悪い」判断や「美醜」の感じ方を知らず知らずのうちに身に着けていく。
「批評しあう」とは、その自分なりの感じ方を相手につたえ、相手もそれにこたえることで、「自己ルール」を交換しあうことだ。それによって自分と相手との違いに気づき、時には自分の自己ルールを調整して、ものごとの感じ方を変えていく。自分の感じ方はこうだったのかと、自分の傾向性や問題性に気づくことができる。
そんな内容でした。

批評とは、対象を、持ち上げたり貶すことではなく、
ましてや自分の感じ方を自慢したり誇示したりすることでもなく
もっといえば、「こんな風に感じないアンタはおかしい!」と強制することでもない。
「オレはこう思うんやけど、オマエさんはどう思う?」ということであって
「アンタとワタシは違ってあたりまえ、違うから面白いねん。」
ということが大事なのだと思いました。

私たちはもっと「批評」しあったほうがいい。
by craftscience | 2012-02-14 06:04 | 日々の雑感


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