年輪=「時を重ねる」という事実の可視化

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杉並区西荻窪で工事中のB邸では、古材の桁(かつて古民家で使われていた杉の丸太を2本)を使っている話は以前このブログでも書いた。
先日、現場に行ったとき、そこに置いてあった2本の杉丸太の切れ端に、惹きつけられた。断面に目が行ったのだ。
同行したスタッフに「年輪の数を数えてみな・・・」と指示。
玄関扉の作り方の打ち合わせをサッシ屋さんと打ち合わせをしている間にスタッフのO君が数えてくれた。「一本が35年、もう一本が58年でした。」

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上の写真が58年生。下の写真が35年生。年輪の幅が違うのがはっきりとわかる。
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結構違いがあったのに驚いた。そして、何かとても大切なことを発見したような喜びがあった。
太さはどちらも30センチくらい。樹種も杉で同じ。でも、この二本はけっこう違いがあるのだ。
年輪は成長の記録であり、季節のうつろいによって刻まれる。
樹の幹の切断面を見ると白っぽい幅の広い輪と、赤茶色の濃い色の輪とが交互に繰り返されているのが、はっきりとわかる。白っぽい部分を早材といい、春から夏にかけての暖かい季節に形成される。太陽の光をいっぱいに浴びて、水を地面からグングンと吸い上げ、どんどん細胞分裂を繰り返し早く成長するから「早材」という。一方、色の濃い部分は秋も深まり、太陽の日差しも弱まって成長が緩やかになったころに形成される層である。冬寒くなると成長はほとんど止まり、寒さにじっと耐えながら春のおとずれを待つのである。一年の成長サイクルの「晩期」に形成されるそうなので、この層を「晩材」という。
年輪を重ねるということは、毎年毎年繰り返された成長の軌跡なのである。
この当たり前の事実がなんだか今の自分にはとても愛おしく感じられる。そして、一本は35年の年月を経て成長し、もう一本は58年かけて成長したという、「生き物」として生きた事実が、そこに刻まれているのである。
35歳といえば、建築家の人生に重ねて言えば、まだまだ「若手」である。58歳といえば中堅からベテランへと成熟したころか。まあそれくらいの差があるといえる。
見た目の太さは同じでも、よく見ると58年生のほうは周辺部の目が詰まっているのがよくわかる。ゆっくり、ゆっくりと成長したわけだ。一方の35年生のほうはどんどん、スクスクと育った。おそらく寒い地方で育ったのが58年生、温かい地方で育ったのが35年生なのだろう。

材の強さとしては目の詰まったほうが強い。58年かけてゆっくり育ったほうが強いのだ。
一方、早く育つというのは産業社会的な価値観からするとよいことだ。実際、「りゅーべー単価」といって、木材は「立法メートル当たり何円か」という単位で木材業界では取引されている。だから短い期間で大きな材積が得られたほうが経済効率としては良いわけだ。
どちらが良い悪いではない。それぞれの個性。同じように見えるものでもよく見ると多様性が広がっているということだ。それを二本の丸太の断面が教えてくれたような気がした。
by craftscience | 2011-02-11 13:27 | リユース・デザインの家づくり


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